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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。⑧

一刻も早く。ヒナタを止めねば。
竜胆モモが消えてしまう。動け! 動け! 俺の足!

「せいぜい、特等席で大好きなVtuberが崩れていく様を見てなさい」
 ヒナタは前を向き、カメラの方へ足を踏み出す。

 オレンジ色の光が教室に差し込み、背中を向けられた姿に沿って影が伸びていく。
 その光景があの日と重なった。

「ごめん、今日はモモの配信があるからまた今度な!」
「……そうだよね。急にごめん。また今度ね!」

全てが夕日に染まったあの日を。
髪を右耳にかけ、無理に作った笑顔を。
二度と振り返ることのなかったその背中を。

あれはきっとヒナタなりのSOSのメッセージだったはず。

だって、ヒナタは《《嘘をつくとき》》髪を右耳にかけるのだ。

「あ」

 そのとき、口から飛び出した言葉は懇願ではなかった。それは謝罪だった。

 ヒナタの背中越しに、俺は喉が張り裂けそうなくらい大声で叫ぶ。
「あの日、助けられなくてごめん!!!」
 あまりの大声に驚き、思わずヒナタは振り返る。

 俺は膝をつき、頭が地面に減り込むくらいの土下座をした。
「今更、謝っても許されないことだと分かっている!」

「だから! これが俺の覚悟でけじめだ!!」
 頭を上げてカバンをひっくり返すとザラザラと竜胆モモのグッズが床に散らばっていく。

 俺は手ごろなサイズのフィギアを一つ取り――乱暴に床に叩つけた。
 激しい音と共にそれは無残にも粉々に砕ける。破片が波紋のように広がる。
 細かい破片が刃となり、右手に鋭い痛みが走る。血だ。

「はぁっ!? 何やってんのよ? それはあんたが一番大切にしてきたモノじゃないの!?」
「これで許されるなんて思ってない! だからお前の気が済むまで俺は壊し続ける」

 次のフィギアを手に取り、同じように床に叩きつける。手の先から全身に振動が伝わっていく。痛みはさらに強くなる。破片が右頬を掠り、血が流れる。波紋はさらに大きく広がる。

喉が張り裂けたっていい。血が流れたっていい。この手が使い物にならなくたっていい。

大切な人を蔑《ないがし》ろにして――

「そんなんで、竜胆モモファンを名乗れるか!!!」

 三つ目のフィギアを手に取ったとき、一瞬ひるむ。

 これは竜胆モモ一年目生誕祭の……。頬に温かいものが流れたような気がした。
 関係ない。俺は大きく振りかぶった。

 前から硬いもの同士がぶつかるような耳をつんざく音が聞こえた。
 ぼやける視界に細い手が飛び込んできた。その両手は震えながらも振り下ろそうとした手を必死に抑える。

「……ばっかじゃないの。もういい」様々な感情の混ざり合った声が耳元で揺らいだ。

「けど――」

「もういいから」座り込むヒナタもまた頬が濡れていた。

吉岡ヒナタはいいやつなんだ、本当に。
 

 何も言わなくなったヒナタを気まずく思った俺は、助けを求めるようにすぐるを見る。しかし、すぐるは口パクと指差しで何かを必死に伝えようとしている。

『は、い、し、ん』

「はいしん?」

 ゆっくりとすぐるの指先へ目を向ける。
 赤いランプがヒナタの肩越しから光り、こちらを捉えている。

「あ」最初は間抜けな一言。それが波となり一面に広がっていく。

「ああああああああああ!!」

 見事に配信にのった俺は別の事件に巻き込まれることになる。
 だけど、それはまた別のお話し。

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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。⑤

涼しくなってきた時期とはいえ今日は日差しがよく、歩けば内側から汗が滲み出る。

火照る体にまとわりつく鬱陶しさを感じ、クーラーをつけてその場に座り込んだ。

月曜日から木曜日までは金を用意するのは無理だと考え、祖母の家で公式アカウントのパスワード探索をしていた。

PCの暗証番号をメモしていたくらいだ。どこかには必ずあるはずだが、とうとう見つからなかった。


金曜日の今日はさすがに他の作戦を考えないと間に合わない。

すぐるの提案を受け入れ、俺の部屋で会議が行われていた。


「あの女、まじムカつく。オレの清純派美少女への憧れを返せ」

「黒髪ストレートは男子の夢だろうが」

月曜日から同じ内容の苦情を何回聞いただろうか。すぐるはヒナタに強い幻想を抱いていたようだ。

「お前はなんで落ち着いていられる? 裏切られたんだぞ」

「いや、昔はあんな感じだったんだし、俺としては逆に清純派と言われている方が違和感がある」

百合の花のようだとクラスメイトから比喩されている彼女だが、どちらかと言うと、どんな場所でも生き抜くタンポポがよく似合っていると思う。


ただ、状況は最悪だ。

青くなる俺の顔色ですぐるは察したように問う。

「その様子じゃ、交渉も失敗したんだろう?」


本日、期限延長の交渉をしたところ

「はぁ? そもそも女優からタダで技術を教えてもらおうなんて事がまかり通ると思った? 昔と何一つも変わってないんだ!」

「あたしは認めない。先生に相談して空き教室を借りる話はもうしてあるの」

「来週の月曜日の放課後、18時、3階の空き教室よ! 1秒でも遅れたら拡散するからそのつもりで」

横に目をそばめながら、冷たく言い放つ彼女には取り付く島もなかった。

俺は一縷の望みにすがって尋ねた。

「そういえば吉岡ってどれくらいの影響力があるんだ?」

すぐるは自分のバックからノートパソコンを取り出し、操作して画面を見せた。

吉岡ヒナタのアカウントのフォロワーは約2万人。対して竜胆モモのフォロワーは世界中にいるため約70万人ほど。

国を跨ぐ規模ではないが、決して無視できる人数ではない。

デマだと周りが言っても、パスワードが不明な公式アカウントからは反論できない。

わずかな望みさえも粉々に打ち砕かれ、俺は絶望に打ちひしがれる。

「まぁ、今年になって急に人気の出てきた吉岡サンにはアンチも多いみたいだけどな」

より一層青みが強くなる俺を気にする様子もなく、すぐるは慣れた手つきでキーボードを叩いていく。

『ヒナチー、まじ神!!!顔100万点』

『足の細さ憧れる、スタイル良すぎ』

『てか別に可愛くない笑顔ブスじゃね?』

『ただの事務所のゴリ押し、なまじ余裕があるだけ何も成長してない』

『吉岡ヒナタ嫌いww目に入るだけで不快。演技下手すぎw』

「人気者は辛いねぇ」

言葉とは裏腹に嬉しいそうに口角を吊り上げる。


「それよりも金を稼ぐ手段だが、ここにある竜胆モモのグッズを売り払えばいいだろ」

すぐるは部屋にある箱のまま飾られたグッズたちをスマホで写真撮影していく。

「これとかプレミアついてて高いぞ」

専用のサイトで画像検索でもしたのか嬉しそうに言ってくる。

「やめろ!!絶対に売らねぇ!それ転売サイトだろ!」

「いや、これはれっきとしたフリマサイトだ。個人の不用品を販売するのはOKなはずだ。それ以上、高値で売ったとしてもその後のことは知らないけどな」

いつものように斜に構えた口調でも転売行為だけは許せなかった。

「ふざけるな!!」

その言葉がすぐるの琴線に触れた。

「お前こそ、ふざけるんじゃねぇ!!!」


胸ぐらを掴まれた。

「危ない橋を渡ってんのはオレも同じだ」

勢いよく背中が壁に叩き付けられる。

「転売は出来ねぇって言っている場合じゃねぇんだ!」 

「手、離せよ」息が詰まる。

「これからもオレは何としても稼がなきゃならねぇ。悪魔に魂を売りつけるぐらいどうだっていいだろうが!」

グッと力を込められ足先が地面から浮く。

「人を信用できるお前は素直にすげぇと思うよ。でもその結果がこれだ」

その手から怒りが、悔しみが、痛いほど伝わってくる。

反論しようと開いた口から言葉が消えていくのが分かる。

俺のせいだ。

すぐるは巻き込まれただけに過ぎない。

俺の知るヒナタは小学校までだ。

中学に上がるころからヒナタは演技の練習で忙しくなり、竜胆モモに夢中になったことで更に溝が生まれた。

高校入学前に珍しくヒナタから相談事があると言われたことを思い出した。

しかしその日はモモの生配信だったこともあり、また今度。と断った。

それから、その今度はいつ果たしたんだっけ?

周囲が徐々にぼやけ真っ暗な景色に変わっていく。

俺は『大切な人』を大事にできていたのか?

人間関係を修復しないまま利益だけを求めた。それがこのザマだ。


部屋の静寂と共に唾を飲み込む。

「分かった。確かに言う通りだ。悪魔に……命を売ろう」

ヒナタもすぐるも悪くない。全ての責任は俺にある。

「すぐるは悪くない。気にするな悪いのは全部、俺だ」

すぐるは何も言わず手を離し、バツが悪そうに目を背けた。

解放された俺は崩れた襟元を整えながら、グッズの内の一つを取り出した。

「勘違いするなよ。俺が売るのはコレだけだ」

そして、自分のスマホを手に取り目的の画面をすぐるに見せる。

「田郎、これは―」

ブルーライトがすぐるのレンズに反射する。そこにはモモの公式SNSが表示されていた。