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どうやらわたくしは異世界に転移したようです?④

音楽が流れます

教室に入った瞬間、クラスメイトの刺すような視線が肌をつんざく。

私の品評会が終わると、なんでもなかったかのように会話を続けるクラスメイト達。

何も言わないけれど、視線だけで分かるようになってしまった。

「今日も来たのか」

急激に下がる体温を感じながら、自分の席に着くと
机には『しね』『消えろ』』『ゴミ』『呪』『学校に来るな』等、強引に書きなぐられている。
持参した雑巾とクリーナーで必死に汚れを落とす。
油性ペンで書かれた それは なかなか消えてはくれない。
何度も。何度も。擦って消す。

「とうとう雑巾まで持参してる」

女子グループの冷ややかな笑い声が耳にこびり付いてはなれない。

声の主は関谷ゆり。
ご自慢のネイルによく手入れされた髪をくるくると巻きつけながら、こちらの様子を見ている。
周りには女子達が囲んで笑いをこらえている。

「ヤバイって、流石に」

最初に噴き出したのは小麦色の肌に派手なメイクをした安西ミカ。                        制服を大胆に着崩し、胸元からのぞくネックレスは大学生の彼氏からのプレゼントだと言っていた。

その横で小動物のように目立たないように身体を縮こまらせているのが横山美咲。             何も言えずに周りに合わせて表情を作っているようだ。

「可哀そうなかのかちゃん。ねぇ恵ちゃんはどう思う?」

そういって恵の反応を確かめているのがサイドテールに大きな髪飾りをつけた田口萌。
大きな発言力はないが、目立ちたがりの性格で何でも自分が一番じゃないと気がすまないらしい。

そんな彼女たちを興味なさげな目で見ているのは天童あかり。
ゆるくウェーブのかかった茶髪と華やかな顔立ち、加えてルックスも良くあのグループの中心的存在だ。
彼女自身からはいじめを直接受けたことがないが、彼女の指示であのグループが動いているのは考えなくても分かることだった。

私が一体、何をしたっていうの。

桜の花盛りまでは、信じられないことに彼女たちと同じグループに所属していた。

男子女子問わず、一目置かれる上位グループに入れたことに一時期は誇りさえも感じた。

そんな兆しが一転したのは桜が深い緑色に移り変わった頃。

上手く友達を作れずにどこのグループにも所属することが出来ないあぶれた女子がいた。入学してからインフルエンザにかかり、登校が1週間遅れてしまったためだ。

高校での友達作りは中学生だった頃とは違う。大抵の女子グループは既に形成され新たなよそ者を入れたがらず関わろうともしない。いつ崩れるか分からないグループという場所でみんな自分の居場所を確保するだけで精一杯なのだ。誰もが並々と水の張られたコップから僅かに溢れた分なんて気にしないように。

思春期独特などこか閉鎖的な雰囲気はいびつにも生まれてしまった。

私はその歪みに耐えきれなかった。そして思わず零れた一言。

それがいけなかった。

天童の気持ちを逆なでしたようで、その日からターゲットは私に移り変わった。

汚れを消す度、女子グループから笑いが聞こえる度、自分が惨めで情けない存在だと感じる。

泣きそうな気持ちをグッと堪えて席に座る。

あのグループに属していた時、誰もが私に話かけてくれた。

今は誰も私を見ようともしない。まるでそこには誰もいないかのように。

なんて惨めなんだ。

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どうやらわたくしは異世界に転移したようです?③

「いってきますわ!!」

髪を結び、制服に身を包んだ姿は新村かのか
そのもので、そこにエステル=カスティージョの影はない。

流石はわたくし、平民の真似事さえも完璧ですわね


エステルはまじまじと玄関の姿見をのぞき込み、自分の姿を見て盛大な溜息をついた。

見れば見るほど、平凡な顔だちですこと

自慢のプラチナウェーブの髪も、公爵家由来のルビーの瞳も、多くの男性を虜にしてきた顔立ちも全て失われてしまった。ついでにと言わんばかりに、この世界に来る破目になった記憶も持っていかれてしまった。

最後の記憶は舞踏会のドレスを選んでたはず…でしたのに…

そこにいるのはどこまでも平凡な平民。
濡れたカラスのような髪色も、たれ目がちな瞳も、うつろげでぼんやりした顔立ちも全てが気に入らない。

まさかわたくしがこのような地味な平民に成り下がるなんて・・・

全く信じられませんが、本当にわたくしは異世界に転移してしまったんですわ

一歩踏み出せば太陽は早朝なのにもかかわらず全身をジリジリと照らしてくる。

どうして、朝なのにこんなにも暑いのでしょう?
もしやこれが、四季というものでしょうか?

じんわりとまとわりつく不快感を憂いながら空を見上げれば雲一つない晴天だ。
空の青さはわたくしがいた世界と同じだというのに。

ここは日本という国。魔法もなく、身分制度もない。
そしてわたくしがいた世界はどこにも存在しない。

こちらの言葉で言うなら「事実は小説より奇なり」でしたっけ?

母親に心配されるほど四六時中、図書館に引きこもり書物を読み漁り何日も悩み抜いて、たどり着いた結論だった。
視聴に何も問題ないことから考えるに、平民の知識はわたくしと共有されているのだろう。
最初こそ激しく動揺したが、この世界の知識に触れている内に好奇心に勝てなくなった。
特に素晴らしいと感じたのはエネルギーを生み出す力、そしてそれを効率よく利用する力。
この知識をわたくしのモノにできたら、我がカスティージョ家はその地位を揺るぎないものにするのではありませんこと?

まさに「転んでもただでは起きあがりませんわ」ですわ!!!

わたくしが憑依した平民は新村かのかという人物だった。
馬小屋のような家に戻り、自分の部屋で机の上に置かれた一枚の手紙が目に入り読み上げると、その手紙には学校でいじめに逢っていたことや、いじめグループへの恨み辛みが書き綴られていた。

強者が弱者をいじめる。
生まれながらに身分制度のある世界で生活してきたエステルにとっても、この行為自体はありふれた風景だった。

どの世界も結局は同じ。異世界だと気張っていた力が急に脱力していく。

平民の立場を重んじるなら学校には行かずに告発すれば良いのだろう。
この手紙に書いてある事を伝えれば、何らかの対応はしてもらえるはずだ。

しかしエステルは読み終えた手紙をビリビリに破りさると部屋を後にした。その瞳には何の感情も宿っていない。

だからといって、わたくしが従う道理なんてどこにもない

平民の一人がいじめが原因で自殺した。たったそれだけのこと。
そんなことよりも高貴なるエステルが異世界の平民に身を堕としている。
このことだけが何よりも重要で迅速に解決しなければならない問題だった。

この世界の知識や技術を持って帰るにしても、わたくしの理解力が追い付いていない。
共有されているとはいえ、ベースとなった平民以上のことは分からないのだ。
四季の中で夏という時期というのは分かる。だけどどうして四季と呼ぶのか、どのように生まれた言葉なのかと聞かれたら答えられない。
読破すれば文章だけなら完全に記憶できるが、読了できなければ、それに意味はない。

やはり今のわたくしには何よりも勉学が必要で。
そしてその知識を得るために学校という場所が最適だということ。行かない理由等どこにもない。

平民の小競り合いなんてあずかり知らぬ話、だってわたくしは公爵令嬢エステル=カスティージョなのですから!!!
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どうやらわたくしは異世界に転移したようです?②

病室で眠る娘の顔を見ながら、美紀江は深く安堵した。

所々、包帯で巻かれた娘には痛々しさがあるものの命に別状はない。
飛び降りた際、生垣に引っかかったため奇跡的に軽症だった。

医師の話では、自分のことを空想世界の公爵令嬢だと思いこんでいるようだが
意識を取り戻したばかりで錯乱しているのだろうのこと。だった。

「娘さんが屋上から飛び降りた。」

その言葉を聞いたとき、心臓がとびはねた。
アイロンがけを放り出して、乱暴にコードを引っこ抜き病院まで急いだ。


娘の顔を眺めながら暫く立つと、あの人は現れた。
しっかりと上下スーツを着込み、お昼時だというのに髪は丁寧にセットされたままだ。
汗ひとつかいていない顔で彼は、娘をのぞきこみ、鼻を鳴らした。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
「どうしてお前がついていながら、こんなことになっているんだ?」

何も言えずきつく口を結ぶ。彼はその様子を見てさらに声を荒げる。

「学校から電話がはいったんだ。これで次の昇進はパーだ。どう責任をとるんだ。言ってみろ」

「・・・ごめんなさい。」

流石の彼も、娘が飛び降りたのに病院に行かないのはまずいと思ったらしい。
結局、一番気にしているのはそのご立派な外面だけ。

娘の心配なんてしていない。

その後も何か言っていたようだが、携帯に着信がかかるとバツが悪そうにそそくさと病室をでていった。
美紀江はまだ眠ったままの娘に手を伸ばし、包帯に巻かれた場所を優しく摩る。


「ごめんね、ごめんね。痛かったよね」


娘がこんな選択をしたのは自分のせいだ。