教室に入った瞬間、クラスメイトの刺すような視線が肌をつんざく。
私の品評会が終わると、なんでもなかったかのように会話を続けるクラスメイト達。
何も言わないけれど、視線だけで分かるようになってしまった。
「今日も来たのか」
急激に下がる体温を感じながら、自分の席に着くと
机には『しね』『消えろ』』『ゴミ』『呪』『学校に来るな』等、強引に書きなぐられている。
持参した雑巾とクリーナーで必死に汚れを落とす。
油性ペンで書かれた それは なかなか消えてはくれない。
何度も。何度も。擦って消す。
「とうとう雑巾まで持参してる」
女子グループの冷ややかな笑い声が耳にこびり付いてはなれない。
声の主は関谷ゆり。
ご自慢のネイルによく手入れされた髪をくるくると巻きつけながら、こちらの様子を見ている。
周りには女子達が囲んで笑いをこらえている。
「ヤバイって、流石に」
最初に噴き出したのは小麦色の肌に派手なメイクをした安西ミカ。 制服を大胆に着崩し、胸元からのぞくネックレスは大学生の彼氏からのプレゼントだと言っていた。
その横で小動物のように目立たないように身体を縮こまらせているのが横山美咲。 何も言えずに周りに合わせて表情を作っているようだ。
「可哀そうなかのかちゃん。ねぇ恵ちゃんはどう思う?」
そういって恵の反応を確かめているのがサイドテールに大きな髪飾りをつけた田口萌。
大きな発言力はないが、目立ちたがりの性格で何でも自分が一番じゃないと気がすまないらしい。
そんな彼女たちを興味なさげな目で見ているのは天童あかり。
ゆるくウェーブのかかった茶髪と華やかな顔立ち、加えてルックスも良くあのグループの中心的存在だ。
彼女自身からはいじめを直接受けたことがないが、彼女の指示であのグループが動いているのは考えなくても分かることだった。
私が一体、何をしたっていうの。
桜の花盛りまでは、信じられないことに彼女たちと同じグループに所属していた。
男子女子問わず、一目置かれる上位グループに入れたことに一時期は誇りさえも感じた。
そんな兆しが一転したのは桜が深い緑色に移り変わった頃。
上手く友達を作れずにどこのグループにも所属することが出来ないあぶれた女子がいた。入学してからインフルエンザにかかり、登校が1週間遅れてしまったためだ。
高校での友達作りは中学生だった頃とは違う。大抵の女子グループは既に形成され新たなよそ者を入れたがらず関わろうともしない。いつ崩れるか分からないグループという場所でみんな自分の居場所を確保するだけで精一杯なのだ。誰もが並々と水の張られたコップから僅かに溢れた分なんて気にしないように。
思春期独特などこか閉鎖的な雰囲気はいびつにも生まれてしまった。
私はその歪みに耐えきれなかった。そして思わず零れた一言。
それがいけなかった。
天童の気持ちを逆なでしたようで、その日からターゲットは私に移り変わった。
汚れを消す度、女子グループから笑いが聞こえる度、自分が惨めで情けない存在だと感じる。
泣きそうな気持ちをグッと堪えて席に座る。
あのグループに属していた時、誰もが私に話かけてくれた。
今は誰も私を見ようともしない。まるでそこには誰もいないかのように。
なんて惨めなんだ。