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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。⑧

一刻も早く。ヒナタを止めねば。
竜胆モモが消えてしまう。動け! 動け! 俺の足!

「せいぜい、特等席で大好きなVtuberが崩れていく様を見てなさい」
 ヒナタは前を向き、カメラの方へ足を踏み出す。

 オレンジ色の光が教室に差し込み、背中を向けられた姿に沿って影が伸びていく。
 その光景があの日と重なった。

「ごめん、今日はモモの配信があるからまた今度な!」
「……そうだよね。急にごめん。また今度ね!」

全てが夕日に染まったあの日を。
髪を右耳にかけ、無理に作った笑顔を。
二度と振り返ることのなかったその背中を。

あれはきっとヒナタなりのSOSのメッセージだったはず。

だって、ヒナタは《《嘘をつくとき》》髪を右耳にかけるのだ。

「あ」

 そのとき、口から飛び出した言葉は懇願ではなかった。それは謝罪だった。

 ヒナタの背中越しに、俺は喉が張り裂けそうなくらい大声で叫ぶ。
「あの日、助けられなくてごめん!!!」
 あまりの大声に驚き、思わずヒナタは振り返る。

 俺は膝をつき、頭が地面に減り込むくらいの土下座をした。
「今更、謝っても許されないことだと分かっている!」

「だから! これが俺の覚悟でけじめだ!!」
 頭を上げてカバンをひっくり返すとザラザラと竜胆モモのグッズが床に散らばっていく。

 俺は手ごろなサイズのフィギアを一つ取り――乱暴に床に叩つけた。
 激しい音と共にそれは無残にも粉々に砕ける。破片が波紋のように広がる。
 細かい破片が刃となり、右手に鋭い痛みが走る。血だ。

「はぁっ!? 何やってんのよ? それはあんたが一番大切にしてきたモノじゃないの!?」
「これで許されるなんて思ってない! だからお前の気が済むまで俺は壊し続ける」

 次のフィギアを手に取り、同じように床に叩きつける。手の先から全身に振動が伝わっていく。痛みはさらに強くなる。破片が右頬を掠り、血が流れる。波紋はさらに大きく広がる。

喉が張り裂けたっていい。血が流れたっていい。この手が使い物にならなくたっていい。

大切な人を蔑《ないがし》ろにして――

「そんなんで、竜胆モモファンを名乗れるか!!!」

 三つ目のフィギアを手に取ったとき、一瞬ひるむ。

 これは竜胆モモ一年目生誕祭の……。頬に温かいものが流れたような気がした。
 関係ない。俺は大きく振りかぶった。

 前から硬いもの同士がぶつかるような耳をつんざく音が聞こえた。
 ぼやける視界に細い手が飛び込んできた。その両手は震えながらも振り下ろそうとした手を必死に抑える。

「……ばっかじゃないの。もういい」様々な感情の混ざり合った声が耳元で揺らいだ。

「けど――」

「もういいから」座り込むヒナタもまた頬が濡れていた。

吉岡ヒナタはいいやつなんだ、本当に。
 

 何も言わなくなったヒナタを気まずく思った俺は、助けを求めるようにすぐるを見る。しかし、すぐるは口パクと指差しで何かを必死に伝えようとしている。

『は、い、し、ん』

「はいしん?」

 ゆっくりとすぐるの指先へ目を向ける。
 赤いランプがヒナタの肩越しから光り、こちらを捉えている。

「あ」最初は間抜けな一言。それが波となり一面に広がっていく。

「ああああああああああ!!」

 見事に配信にのった俺は別の事件に巻き込まれることになる。
 だけど、それはまた別のお話し。

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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。⑦

ま、間に合った。

 ばあちゃんの家が近いとは授業終了後の往復ダッシュは、普段から運動していない体にはくるものがある。今日が体育のある日じゃなくて本当に良かった。
 激しく拍動する心臓を右手で抑えながら、左手で壁につく。ずるずると肩にかけていたカバンを落とし、ぜぇぜぇと息をする。

 すぐるが溜息をつきながら近づきスマホを渡してきた。それは万が一のために、預かってもらった俺のスマホだ。
「ハラハラさせんなよ、マジで。で、例のブツは用意できたんだろうな」
 小声で囁かれ、俺はバッチリだと親指を立てた。

教室の前方は机や椅子が乱雑に集められており、後方だけがぽっかり空いていた。
まるで舞台みたいだなと思った。でも、前みたいにはいかない。ここが俺の独壇場だ。

 いまだ女王様のように足を組んで椅子に座るヒナタの表情に変化はない。まるで虫けらを見るような表情でこちらを蔑《さげず》んでいる。

「遅刻しなかったことだけは褒めてあげるわ」
「そりゃ、どーも」息が上がったままヒナタに近づく。ローズ系の香りがした。

「でもぉ、肝心の依頼料がないとお話にならないわよ?」
 わざとらしく語尾をのばしながら、口を覆いほくそ笑んでいる。

「で、どうなの?」眉を寄せて言う。

 俺はスマホに表示された0が7桁並んだネット口座をヒナタに掲げる。

「あるぞ、金なら」
 
「……なっ!」ヒナタは思わず椅子から立ち上がった。
「ほら口座番号教えろ、すぐに振り込んでやる。100万でも500万でもな」

 ヒナタは目を丸くした。嘘。と小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「はぁぁぁぁぁぁ!? なんでよ!! ただの高校生が一週間で稼げる金額じゃないでしょ!?」激昂するヒナタの声。
「違うな、ただの高校生じゃない。俺は筋金入りの竜胆モモオタクだ」

ひゅうと口笛を鳴らしたすぐるに対してヒナタは唇をかみしめて、きつく睨んだ。

「だったら何よ!」
「オタクっていうのは何でもコレクションしたがるものだ。たとえ、それがSNSのどうでもいいようなつぶやきでもな」
「NFT……ええと、なんと説明すればいいんだ? 簡単に言えば電子データに価値を見出せば値段がつく」

 同じオタクだからこそ分かることがある。界隈の連中はよく言っている。
 『推しの全てのつぶやきを追いかけたい』と。その気持ちは痛いほどよく分かる。
なんせ、SNSの過去データは、ある一定までしか残らない仕様だ。消されたデータも修復不可能ときている。それゆえに欲しがる人が一定数存在するのだ。

 例えば、途中から参入した熱狂的ファンとか。

 地下アイドルがメジャーデビューして気軽に会えなくなったとき、デビュー前からのおっかけだったファンはその価値を誇る。
 なぜなら、彼女たちがまだ拙いとき一番近くで応援していた。その経験は新規にとって永遠に手に入らないものだからだ。

「一般人にとっては竜胆モモの全つぶやきなんて、どうでもいいかもしれない。でも熱狂的なファンにとって、それは喉から手が出るほど欲しいものに変わる」
「だからこそ、そこに価値が生まれ値段がつくんだ」

 俺は最初期のオタクで幸運だった。
 その気持ちに激しく同意して、いつでも見返せるように彼女のSNS上に残したつぶやきは全て保存してあったのだ。

「そしてついさっき、売れたんだよ。全部で日本円にして約一千万円」
「そんなの嘘よ! 買うわけがない!」ヒナタは激昂し声を荒げる。
「吉岡は知らなかったかもしれないが、実際トゥイッターの創始者の最初のツイートは3億で落札されてんだ」

「お前がすげぇめんどくさいオタクで良かったわ」
 一連の流れを傍観していたすぐるが腹を抱えて笑ってる。

一応、聞くが褒めているんだよな、な?
「で、どうするんだっけな?」すぐるは皮肉たっぷりにヒナタの言葉を真似して返した。
 俺は左手をすぐるに向け、これ以上余計なことを言わないように御した。

 しばらく悔しそうにスカートを握りしめていたヒナタを見て、俺は言葉をかけようとした。けど直後に彼女の狂った笑い声でかき消された。

 笑い終えるとヒナタは仁王立ちで俺に向き合う。
「言ってなかったけ? あたし現金じゃないと認めないわ。だってギャラは現場で手渡しだったから、ごめんね。言い忘れてたみたいで」
 髪を右耳にかけながら、ヒナタは眉を寄せて口元に手をあてて笑った。

これは嘘だ。反論しようとしたすぐるを抑えて何も言うなと目配せする。

なんだ、何が目的だ。思考を巡らせろ。今度は、今度こそは、失敗は許されない。

 何かを考える俺を見て、ヒナタは俯き「ばっかみたい」と小さく呟いた。一瞬、それは誰に宛てた言葉なのか。俺は気をとられてしまった。

 ほんの数秒だったが、その隙を見逃すほどヒナタは甘くなかった。

やっと答えにたどり着いたときには、もう遅く。

「時間切れ、ね」

 自分のスマホを取り出し、画面を俺たちに見せてくる。
 ポップな色で見やすいように工夫された『ヒナチーチャンネル』が映っており、既に生配信開始の待機画面になっている。

 画面中央に表示され減っていく数字は恐らく、カウントダウン。
 配信開始まで――1分を切るところだった。
  

「おい!」
 咄嗟のことで動けなくなる俺とは違って、状況を判断したすぐるはスマホを奪おうとする。

「動かないで」ぴしゃりとした声がその場を支配する。

「ここ、見える? 机の中にカメラを設置してあるの。その位置ならカメラは映らないけど少しでも動いたら保障できないわ」

 ヒナタは身体をずらして机を指し示す。ちょうど後ろの机の中にキラリと黒光りしたレンズが見えた。

「顔に限らず声だけでも配信にのれば、うちの特定班は怖いわよ?」身を持って知ったけどね。と吐き捨てた言葉と共にゆっくりと動きだす。
 脅迫されたときのように眉を寄せ、どこか違和感のある冷酷な笑みを浮かべる。

あと――30秒。

いや、そんなことよりも早く。早く。ヒナタを止めなければ! でも、どうすれば!

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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。⑤

涼しくなってきた時期とはいえ今日は日差しがよく、歩けば内側から汗が滲み出る。

火照る体にまとわりつく鬱陶しさを感じ、クーラーをつけてその場に座り込んだ。

月曜日から木曜日までは金を用意するのは無理だと考え、祖母の家で公式アカウントのパスワード探索をしていた。

PCの暗証番号をメモしていたくらいだ。どこかには必ずあるはずだが、とうとう見つからなかった。


金曜日の今日はさすがに他の作戦を考えないと間に合わない。

すぐるの提案を受け入れ、俺の部屋で会議が行われていた。


「あの女、まじムカつく。オレの清純派美少女への憧れを返せ」

「黒髪ストレートは男子の夢だろうが」

月曜日から同じ内容の苦情を何回聞いただろうか。すぐるはヒナタに強い幻想を抱いていたようだ。

「お前はなんで落ち着いていられる? 裏切られたんだぞ」

「いや、昔はあんな感じだったんだし、俺としては逆に清純派と言われている方が違和感がある」

百合の花のようだとクラスメイトから比喩されている彼女だが、どちらかと言うと、どんな場所でも生き抜くタンポポがよく似合っていると思う。


ただ、状況は最悪だ。

青くなる俺の顔色ですぐるは察したように問う。

「その様子じゃ、交渉も失敗したんだろう?」


本日、期限延長の交渉をしたところ

「はぁ? そもそも女優からタダで技術を教えてもらおうなんて事がまかり通ると思った? 昔と何一つも変わってないんだ!」

「あたしは認めない。先生に相談して空き教室を借りる話はもうしてあるの」

「来週の月曜日の放課後、18時、3階の空き教室よ! 1秒でも遅れたら拡散するからそのつもりで」

横に目をそばめながら、冷たく言い放つ彼女には取り付く島もなかった。

俺は一縷の望みにすがって尋ねた。

「そういえば吉岡ってどれくらいの影響力があるんだ?」

すぐるは自分のバックからノートパソコンを取り出し、操作して画面を見せた。

吉岡ヒナタのアカウントのフォロワーは約2万人。対して竜胆モモのフォロワーは世界中にいるため約70万人ほど。

国を跨ぐ規模ではないが、決して無視できる人数ではない。

デマだと周りが言っても、パスワードが不明な公式アカウントからは反論できない。

わずかな望みさえも粉々に打ち砕かれ、俺は絶望に打ちひしがれる。

「まぁ、今年になって急に人気の出てきた吉岡サンにはアンチも多いみたいだけどな」

より一層青みが強くなる俺を気にする様子もなく、すぐるは慣れた手つきでキーボードを叩いていく。

『ヒナチー、まじ神!!!顔100万点』

『足の細さ憧れる、スタイル良すぎ』

『てか別に可愛くない笑顔ブスじゃね?』

『ただの事務所のゴリ押し、なまじ余裕があるだけ何も成長してない』

『吉岡ヒナタ嫌いww目に入るだけで不快。演技下手すぎw』

「人気者は辛いねぇ」

言葉とは裏腹に嬉しいそうに口角を吊り上げる。


「それよりも金を稼ぐ手段だが、ここにある竜胆モモのグッズを売り払えばいいだろ」

すぐるは部屋にある箱のまま飾られたグッズたちをスマホで写真撮影していく。

「これとかプレミアついてて高いぞ」

専用のサイトで画像検索でもしたのか嬉しそうに言ってくる。

「やめろ!!絶対に売らねぇ!それ転売サイトだろ!」

「いや、これはれっきとしたフリマサイトだ。個人の不用品を販売するのはOKなはずだ。それ以上、高値で売ったとしてもその後のことは知らないけどな」

いつものように斜に構えた口調でも転売行為だけは許せなかった。

「ふざけるな!!」

その言葉がすぐるの琴線に触れた。

「お前こそ、ふざけるんじゃねぇ!!!」


胸ぐらを掴まれた。

「危ない橋を渡ってんのはオレも同じだ」

勢いよく背中が壁に叩き付けられる。

「転売は出来ねぇって言っている場合じゃねぇんだ!」 

「手、離せよ」息が詰まる。

「これからもオレは何としても稼がなきゃならねぇ。悪魔に魂を売りつけるぐらいどうだっていいだろうが!」

グッと力を込められ足先が地面から浮く。

「人を信用できるお前は素直にすげぇと思うよ。でもその結果がこれだ」

その手から怒りが、悔しみが、痛いほど伝わってくる。

反論しようと開いた口から言葉が消えていくのが分かる。

俺のせいだ。

すぐるは巻き込まれただけに過ぎない。

俺の知るヒナタは小学校までだ。

中学に上がるころからヒナタは演技の練習で忙しくなり、竜胆モモに夢中になったことで更に溝が生まれた。

高校入学前に珍しくヒナタから相談事があると言われたことを思い出した。

しかしその日はモモの生配信だったこともあり、また今度。と断った。

それから、その今度はいつ果たしたんだっけ?

周囲が徐々にぼやけ真っ暗な景色に変わっていく。

俺は『大切な人』を大事にできていたのか?

人間関係を修復しないまま利益だけを求めた。それがこのザマだ。


部屋の静寂と共に唾を飲み込む。

「分かった。確かに言う通りだ。悪魔に……命を売ろう」

ヒナタもすぐるも悪くない。全ての責任は俺にある。

「すぐるは悪くない。気にするな悪いのは全部、俺だ」

すぐるは何も言わず手を離し、バツが悪そうに目を背けた。

解放された俺は崩れた襟元を整えながら、グッズの内の一つを取り出した。

「勘違いするなよ。俺が売るのはコレだけだ」

そして、自分のスマホを手に取り目的の画面をすぐるに見せる。

「田郎、これは―」

ブルーライトがすぐるのレンズに反射する。そこにはモモの公式SNSが表示されていた。

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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。④

すぐるは深く息を吸いこみ、感情のままに言葉を吐き出す。

「ひっっっっどいぞ!!これは」

西日が窓から差し込み、少しずつ人が減り始めた教室でその声はよく響いた。



ショックから立ち直ったあの日、俺はばあちゃんの家の遺品整理を自分だけでやらせてくれないかと申し出た。

両親に祖母がVtuberをやっていたなんて言えるはずもなく、理由を聞かれたが適当にはぐらかした。

両親は疑いの目でありながらも最後には、あきらめたのか応じてくれた。

どちらにせよ、祖母の家を取り壊すまで期間において換気のために訪問する必要があったからだ。


竜胆モモとして活動する以上に最適な場所はあそこ以外はあり得ない。

さらに祖母の家は高校と自宅の中間地点にあり、軽く寄れる場所なのも良かった。

どうしても自宅では、両親に気づかれる可能性が高い。

恥ずかしい話だが、泣き声が漏れていたくらいだったし。


何かを察したのか母さんは、家の鍵を渡す時に目配せしてきた。

「よく分からないけど、上手くやりなさいよ。あと、危険なことは必ず相談しなさい」

危険なことをするな。というよりも相談しろとは。

やっぱり、母さんにはかなわない。

鍵を受けとるとすぐに、ばあちゃん家にこもりきりで動画を作った。

そう、貴重な土日を費やしてまで…。

俺は溜息をつきながら、背もたれに寄りかかった。

「そう思うよな。それでも一番自信があったやつなんだけど」

人が少なくなったとはいえ、周りに気づかれないように声のトーンを落としながら話すが、すぐるの口からは悪態が止まらない。


「ボイスチェンジャーの設定が甘すぎる。汚い男の声が消えてねぇ。動きも硬いし、口調もなんか変だ」

「これは竜胆モモじゃねぇ。竜胆モモの真似をしている痛いオタク。お前のことだな」


そんなに言わなくてもいいじゃないか。こっちは徹夜で作ってんだ。

喉元まで出かかった愚痴を抑さえながら真剣に尋ねる。

「どうすればモモに見えると思う?」

すぐるは呆れながら椅子から足を投げ出すと、組んだ両手で頭を押さえた。

「んなもん。オレに聞いても分かんねぇよ」

「演技指導なら適任がいるじゃねぇか。お前の幼なじみさんとか」


すぐるの目線の先には、吉岡ヒナタがいた。

教室の壁に体を預け、暇そうにスマホの画面をスクロールしている姿は、それだけなのに絵になる。

女優の卵として活動中で、最近もドラマのオーディションに受かったとかで、クラスの女子達が噂しているのを耳に挟さんだことがある。

ヒナタとは小学生くらいまで家が近かく、また彼女の両親が共働きだったこともあり、祖母の家にもよく遊びにいっていた。


「女優なら確かに適任だな、ちょっと行ってくるわ」

「おい、冗談だよな。やめておけって」

ヒナタとは昔からの付き合いでよく知っている。義理堅い彼女のことだ。

快く協力してくれるに決まっている。

今の俺には時間がないのだ。

これ以上悲しむファンを増やさないためにも、一刻も早く竜胆モモの動画を出さなければ。

すぐるの制止を振り切り、ヒナタに駆け寄ると俺の影が彼女のスマホに落ち、顔を上げてくれた。

アーモンド型の大きな瞳がじっとこちらを見つめ、形の良い唇は薄く桜色に色づいている。

「どうかしましたか?白川君」

「女性になるコツを教えてほしんだ!!」

「やめろ!!バカ!!」

慌てて追いかけてきたすぐるの鋭い手刀が後頭頭に切り込まれる。

ヒナタは苦笑しつつ、肩まで伸びた艶やかな黒髪を耳にかけて優しく言った。

「よく分かりませんが、わたしにできることなら協力しますよ」

「まじ???吉岡さん天使かよ。ドラマで清純役を演じるだけあるわ」

「それで、具体的にわたしは何をすれば?」

「この動画を見て気になることがあれば指摘してほしい」


ウンウンと頷くすぐるを横目に周りに誰もいないことを確認してから、件の動画を見せる。


「…これってVtuberってやつでしょうか?中身は、白川君なのよね?」

「ああ!」

中身まで見抜いてしまうとは、流石は女優。

心強い味方を見たと興奮する俺は彼女の表情が陰り始めたことに気が付けなかった。

もう少しよく見せてくれる?とヒナタは俺の手元からスマホを素早く奪うと、動画のURLを自分のスマホにコピーした。

「やっぱり、気が変わっちゃった」

まるで人が変わってしまったかのような冷ややかな眼差しだった。

俺たちは思わず息をのみこんだ。

ヒナタは髪をかき上げ眉一つ動かさず、さきほどと同じ唇から言葉を紡いでいく。

「来週までに依頼料として20万円用意して。あたしの指導には20万円分の価値があるからできるでしょ。できなかったら、この動画拡散しちゃうから」

ヒナタは自分のスマホを顎先にあて挑発するように口角を上げた。

「女優のあたしが拡散したらこの子、どうなっちゃうんだろうね」

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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。③

窓から吹き抜ける風は涼しく心地よい。夏の空気を含んだものとは大違いだ。

強い風がカーテンが揺らすと、隙間からは日光が溢れる。

その眩しさに目が眩らんで目蓋を閉じれば、いつの間にか意識を手放していた。

この物語は大変不本意ながら、授業中の居眠りで注意されるところから始まっていく。

肩をトントンと叩かれ、身体がはねる。

ゆっくりと見上げれば、髪をワックスでぎちぎちに固めた数学教師が不気味なほどの笑みを浮かべている。

状況を瞬時に飲みこんだ俺は、身体中の血の気が引いていくのを感じた。

ピンと張り詰めた空気の中、前席の青年だけは必死に肩を震わせている。

俺は気恥ずかしさを感じつつも、速やかに行動を移したのだ。

授業終了のチャイムが鳴ると同時に腰を思い切り落とした。
硬くなった背中を労りながらさすっていると、前から聞き慣れた声がする。

「見事に立たされていたな」

先ほどの青年は後ろを振り向き、眼鏡越しにでも分かるほどニヤニヤと笑っている。

その口からはギザギザの鋭い歯がこぼれており、悪意のある表情はなんとも嫌みったらしい。

「うるさい。いつもならしない」

「そういえば、太郎にしては珍しいな」

このごろは、うだるような夏の暑さから解放され薄着でも過ごしやすい時期に移り変わった。
昨日の疲れと、今日の最後の授業だったこともあり、心地よい秋風に誘われるがまま、不覚にも微睡んでしまった。

「昨日は徹夜だったからな」

まだ重い目蓋をこすりながら、品定めするようにすぐるをじっくりと観察した。

堂田すぐる。

こんな風に軽口をたたきあう仲で、高校に入学した頃からの付き合いで2年ほどになる。

俺と同じブレザーの制服を着ているが、ネクタイもしていなければ制服のボタンも留めずに全開で、アングラな印象を受ける。

その見た目と言動から教師陣には煙たがれており、一緒にいる俺に向けていつも指摘が飛んでくる。

その都度、伝えてはいるのだがこの通り、一向に改善される余地がない。

お前のスケジュール帳に『身だしなみを整える』って予定をいれておけと皮肉を言ったら生憎、予定が一杯でね。と皮肉で返されたのは未だに覚えている。

正直、皮肉をサラリと返せるあたり、ちょっとだけカッコいいとか思ってしまった。

嫌味なやつだが、こいつにはアレがある。

「んだよ、気持ちわりぃからジロジロ見んな」

訂正する。嫌味なやつじゃなくて嫌なやつだ。

ともあれだ。アレなくして竜胆モモは完成しない。

どうしても計画に協力してもらう必要がある。

「そういえば、竜胆モモはもういいのか?毎日、死人みたいな顔だったじゃねぇか」

いつ切り出そうかと悩んでいたところに、思いがけない幸運が飛び込んできた。

膝におろしたこぶしを気づかれないように握りながら、言葉を選んでいく。

「よくはないけど、俺の話を聞いたらな、友達じゃなくなるかもしれん」

すぐるは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、呆れたように頬杖をつく。

「そりゃ結構。ちょうど、縁を切りたかったところだ。気になるから教えろ」

「お前とは友達でいたかったのにな。この動画を見てくれ」

わざとらしい言い方をしながら、机から自分のスマホを取り出してイヤホンを接続した状態で差し出す。

すぐるは訝しげな表情でイヤホンを耳にはめ、動画を再生した。

再生され始めた瞬間に、目を見開いてこちらを見たが、あえて何も言わなかった。

半分ほど見終えると無言で停止ボタンを押し、机の上にスマホを置いた。

眼鏡外して天井を仰ぎ、目頭を押さえている。

『ビジネスの基本はまずは笑顔から』のハウツー本を思い出しながら。

「協力してくれるよな」

咀嚼が終わったタイミングで、俺が同意を求めるように、ニッコリと笑って尋ねる。

すぐるは細い目で、ジッと憎らしそうにこっちを睨んできたが、当然俺は笑顔を崩さない。

散々、頭を抱えたり悶々と悩んでいたが根負けしたようで

「言いたいことは山ほどあるが、まあいい。ガワが変わろうとバレなきゃ問題ないだろ」

渋々ではあるが了承してくれた。

「今日からよろしくな。動画編集さん」

「こちらこそ、しっかり取れ高をつくれよ」

すぐるは配信サービスサイトに切り抜き動画をアップして、配信者やVtuberから同意の元に一部の収益をもらっている、いわゆる切り抜き投稿者だ。

その中で群を抜いた人気があったのが竜胆モモ。

モモが消えてしまったのは大きな打撃だったらしく、よくぼやいていた。

とはいえ、モモをいずれ引退させる理由は伏せておくことにする。

今、伝えたらショックが大きすぎて俺みたいに寝込んでしまうかもしれない。

「これでお前も共犯だ」

受け入れてもらったことに安堵しつつ、そう全てが上手くいかないのが人生。

俺は動画の続きをすぐるに再生するように指示した。案の定、嫌な顔をされる。

「毒を食ったんだ、どうせなら皿まで食えよ」

これはカッコいい言葉を言えたのではないだろうかと、すぐるを見ると、それどころではないといった様子で頭を抱え込んでいた。

「猛毒だな、これは」

そこには俺の竜胆モモが映っていた。

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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。②

ここはどこだ。

記憶を失うほどの衝撃を与えれた俺は、気が付くとポスターが飾られた自室のベットに座りこんでいた。

カーテンの隙間から一筋の陽光が彼女たちの笑顔を照らしている。

桃色のツインテールに一部の青いメッシュが特徴で、幼く可愛らしい顔立ち。
しかし『キュン』という痛い口癖のわりに発言は年寄りじみており、そのギャップが多くのユーザーから人気を得ている。

ホラゲー実況などでは興奮し心筋梗塞を起こしかけたことや、持病のために多量の薬を摂取している事はしばしネタにされがちだ。

幾度ものバズりを重ね、個人Vtuberにして大成功を収めている。

それが俺の知る竜胆モモだった。

オタクを自称している俺でも流石にこれはネタだと思っていたが…まさか、事実だとは思わないだろっ!!

俺の推しが実は、ばあちゃんで!!!
しかも、ばあちゃんはもう、死んでいるのだ!!!

情報が多すぎて理解できない。もう、わけがわからない!

髪の毛をガシガシとかきむしる。何本か抜けた気がするが今はどうだっていい。
夢中になっていたものに裏切られ、いまは憎しみさえ感じている。


とうとう笑顔に耐えきれなかった俺は、ポスターを外すと決め、手を伸ばした。
不意にポスターの中にいる竜胆モモと目が合う。

全体はパステルカラーの淡い色。
背景は遊園地で所々に花や風船が飾られ、楽しそうに笑っている。
なのに、右端には堂々とした黒い筆で『竜胆モモ』と達筆な字でサインされてある。

初回の受注販売分だけ、モモ本人が感謝の気持ちを込めて一枚一枚、書いた。
当時から人気のあるモモが書ききるまでの苦労は相当なものだったはずだ。

しかし、後日ファンの元に届いたそれは、どこまでも丁寧な文字だった。

ポスターを剥がす手が止まり、俯くとどこから落ちたのかモモのモチーフのぬいぐるみが転がっていた。

生まれて初めてのバイトでゲットしたやつだ。

記念すべき初給料はモモのグッズに捧げたってコメントしたら、『大切な人のために使うキュン』って諭された。
仕方なく残ったお金で、母さんに花をプレゼントしたら涙を流して喜んでくれた。

そんな些細な出来事でも伝えると、モモはまるで自分がプレゼントを受け取ったかのように喜びはしゃいでくれる。

『これからもそうするじゃけぇ!あっ、するキュン!!』
口を滑らした方言を慌てて変えて、笑いをとる。モモが好きだった。

ファンにいつだって真摯な態度で向き合う姿勢を尊敬していた。

まだまだ、語りきれない思い出は山のようにある。

また一つと思い出していく度に、頬を伝い涙がこぼれていく。

複雑な思いを含んだ濁流は、自分の意思では塞き止められない。

泣いて、泣いて、赤子のようにわけもなく泣きわめいて。

俺はそのとき、初めて、竜胆モモには二度と会えない事実を受け入れることができたのだ。

ズビッ。
ティッシュで鼻をかもうと伸ばした手が、空をつかむ。
視線を向ければ、ボックスティッシュの中身は入っていない。

さっきのが最後の一枚だったのか。

周囲には丸められたティッシュのゴミが乱雑に放置されている。
もう、これでいいや。とすっかり乾いたゴミで俺はもう一度、鼻をかんだ。

太陽が落ちるに、ようやく涙が枯れ切った。


泣きすぎて目や鼻は痛いが自然と頭はスッキリしている。

こんな俺じゃ、モモにもばあちゃんにも心配されるな。

ふと思い浮かんだ言葉だが、思わず自分でも苦笑してしまう。

そうしてクリアになった思考で、まだ解決していない問題があることに気づく。

事実を知らない残されたファンはどうなるのかと。

これから先も俺と同じような不安を抱えながら生きていくのか。

何もしなければ、月日と共に世間は竜胆モモという存在を忘れていく。
移り変わりの激しい世界だ。きっと10年後には、誰も覚えていない。

いやそれじゃダメだ。
モモが大切にしてきたファンのためにも終止符を打ち、区切りをつける必要がある。

でも引導を渡す役目は俺じゃない。竜胆モモだ。

まずは、誰一人として疑われない完璧なモモを目指す。

自室のドアに手をかけると、心配そうな顔で見つめてくる両親がいる。

泣き声を聞かれていたと知り、羞恥で目をそらした。

「父さん、母さん。心配かけてごめん。それとありがとう。もう俺は大丈夫だから」

少しの間を置き、息を整え口を開く。

真剣な表情で両親と向き合った。

腹はもうくくっている。

「大切な話があるんだ」

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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。

重い家具を動かす度にふんわりと線香が匂う。
今は焚いていないのだが、古い家屋の匂いを消すために毎日使っていたかもしれない。

確かに祖母と会う時はいつも、この匂いだったような気がする。
どこか懐かしさを感じながらも、俺こと白川田郎は大きなため息をつく。

「そこ、溜息つかない!!」

すかさず、母親の百合子が般若の顔で注意してくる。

推しのVtuberが動画を出さないまま3か月もたてば溜息くらいつきたくなるものだ。
ネットでは、就職の関係とか、親バレ、病んで垢消し等の憶測が飛び交っている。
俺の知っているモモはそんな不誠実なVtuberではない。
本当に引退するなら、リスナー全員のため告知するはず…そう信じてはや3か月。
やはり不安なものは不安である。

今、俺は先月亡くなった祖母の遺品整理に手伝わされている。
悲しくないのかと聞かれれば勿論、悲しい。しかし亡くなった祖母は最後まで明るく陽気な人だった。
葬式で祖母の残した手紙には、娘である百合子のやや恥ずかしいエピソードや先に亡くなった祖父への愚痴など好き勝手に綴られていた。

スタッフの人が余りにも淡々と読み上げるもので、参加者全員、笑いを堪えるのに必死だった。

あの状況は、年末のテレビ番組と一緒だった。
思い出してもまだ、笑える。

そんな祖母は最後まで用意周到で遺品整理も終わっており、細々とした物はほとんど何も残っていない。
アルバムも百合子や俺、俺の父が写っているもの以外は処分したみたいだ。

ただ家具だけは老人の力でどうにもならなかったのか、そのままだった。
祖母の家屋は古く、誰も住む人がいなかったため、3月末に取り壊されることが決まっている。
なので俺は戦力として重たい家具だけを移動するために、こき使われている。

「そろそろ、休憩が欲しいです。お母さま」

身体が悲鳴を上げてきたところで白旗を上げる。

「仕方ないわねぇ、じゃあ、おばあちゃんの部屋からさっきコンビニで買った荷物を持ってきて」

「畏まりました。お母さま!!!」

休憩という言葉に惹かれ元気を取り戻す。
コンビニで買ったものの中には今日発売の新弾パックも入っているからだ。
勿論、Vtuberカード。ランダムではあるが竜胆モモのカードも存在している。

オタクとして買わないわけにはいかない。

まさかこんな田舎に売っているとは。行幸。行幸。

「ついでにおばあちゃんの部屋にパソコンがあるからもらってあげたら?パソコン欲しいって言っていたでしょ?」

確かに、PCを欲しいといった。
だけど老人が使っているような低スペックのPCなら不要も同然だ。
母親から見ればノートパソコンもデスクトップも同じPCというカテゴリーなんだろう。

期待せずにまだ手つかずの祖母の部屋を覗く。そこには全く似つかわしくない物があった。
重厚感のあるパソコンにデュアルモニターが机に置かれている。更に椅子までもゲーミングチェアだった。

「coreはi7!?しかも国内の有名メーカーじゃん!!?」

なんで祖母がこんなPCを持っているのか疑問を覚えたが、それよりも興奮が勝った。

スペックを調べようとPCの電源を付けると、4桁の暗唱番号を入力する画面が表示された。

ばあちゃんの誕生日?…外れか。

じいちゃんの誕生日?これも外れ…?

じゃあ、母さんのとか。…違うな。

老人あるあるの生年月日で暗証番号で登録していると思ったが、どうやらどれも違う。

困ったなと思いながらも、何か手がかりはないかと見回すとPCの裏側に「0617」と書かれたメモを見つけた。
祖母の頭はしっかりとしていたが、晩年の老化には勝てなかったんだろう。

番号を入力していくとデスクトップの画面が開かれる。
たとえ、身内のPCであっても内容は除かないで全て消去しようと考えていた。
それが礼儀だと、その時まで思っていた。

どうして祖母が高スペックのPCを所持していたのか。

疑問が一気に晴れていくと同時に、キーワードを叩く手に一滴の汗が落ちたのを感じる。
ゴクリと喉を鳴らして画面を覗き込む。

そこには俺の推しである、竜胆モモが、驚いたような顔でこちらを見ていたのだ。

「嘘、だろ」

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どうやらわたくしは異世界に転移したようです?④

音楽が流れます

教室に入った瞬間、クラスメイトの刺すような視線が肌をつんざく。

私の品評会が終わると、なんでもなかったかのように会話を続けるクラスメイト達。

何も言わないけれど、視線だけで分かるようになってしまった。

「今日も来たのか」

急激に下がる体温を感じながら、自分の席に着くと
机には『しね』『消えろ』』『ゴミ』『呪』『学校に来るな』等、強引に書きなぐられている。
持参した雑巾とクリーナーで必死に汚れを落とす。
油性ペンで書かれた それは なかなか消えてはくれない。
何度も。何度も。擦って消す。

「とうとう雑巾まで持参してる」

女子グループの冷ややかな笑い声が耳にこびり付いてはなれない。

声の主は関谷ゆり。
ご自慢のネイルによく手入れされた髪をくるくると巻きつけながら、こちらの様子を見ている。
周りには女子達が囲んで笑いをこらえている。

「ヤバイって、流石に」

最初に噴き出したのは小麦色の肌に派手なメイクをした安西ミカ。                        制服を大胆に着崩し、胸元からのぞくネックレスは大学生の彼氏からのプレゼントだと言っていた。

その横で小動物のように目立たないように身体を縮こまらせているのが横山美咲。             何も言えずに周りに合わせて表情を作っているようだ。

「可哀そうなかのかちゃん。ねぇ恵ちゃんはどう思う?」

そういって恵の反応を確かめているのがサイドテールに大きな髪飾りをつけた田口萌。
大きな発言力はないが、目立ちたがりの性格で何でも自分が一番じゃないと気がすまないらしい。

そんな彼女たちを興味なさげな目で見ているのは天童あかり。
ゆるくウェーブのかかった茶髪と華やかな顔立ち、加えてルックスも良くあのグループの中心的存在だ。
彼女自身からはいじめを直接受けたことがないが、彼女の指示であのグループが動いているのは考えなくても分かることだった。

私が一体、何をしたっていうの。

桜の花盛りまでは、信じられないことに彼女たちと同じグループに所属していた。

男子女子問わず、一目置かれる上位グループに入れたことに一時期は誇りさえも感じた。

そんな兆しが一転したのは桜が深い緑色に移り変わった頃。

上手く友達を作れずにどこのグループにも所属することが出来ないあぶれた女子がいた。入学してからインフルエンザにかかり、登校が1週間遅れてしまったためだ。

高校での友達作りは中学生だった頃とは違う。大抵の女子グループは既に形成され新たなよそ者を入れたがらず関わろうともしない。いつ崩れるか分からないグループという場所でみんな自分の居場所を確保するだけで精一杯なのだ。誰もが並々と水の張られたコップから僅かに溢れた分なんて気にしないように。

思春期独特などこか閉鎖的な雰囲気はいびつにも生まれてしまった。

私はその歪みに耐えきれなかった。そして思わず零れた一言。

それがいけなかった。

天童の気持ちを逆なでしたようで、その日からターゲットは私に移り変わった。

汚れを消す度、女子グループから笑いが聞こえる度、自分が惨めで情けない存在だと感じる。

泣きそうな気持ちをグッと堪えて席に座る。

あのグループに属していた時、誰もが私に話かけてくれた。

今は誰も私を見ようともしない。まるでそこには誰もいないかのように。

なんて惨めなんだ。

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どうやらわたくしは異世界に転移したようです?③

「いってきますわ!!」

髪を結び、制服に身を包んだ姿は新村かのか
そのもので、そこにエステル=カスティージョの影はない。

流石はわたくし、平民の真似事さえも完璧ですわね


エステルはまじまじと玄関の姿見をのぞき込み、自分の姿を見て盛大な溜息をついた。

見れば見るほど、平凡な顔だちですこと

自慢のプラチナウェーブの髪も、公爵家由来のルビーの瞳も、多くの男性を虜にしてきた顔立ちも全て失われてしまった。ついでにと言わんばかりに、この世界に来る破目になった記憶も持っていかれてしまった。

最後の記憶は舞踏会のドレスを選んでたはず…でしたのに…

そこにいるのはどこまでも平凡な平民。
濡れたカラスのような髪色も、たれ目がちな瞳も、うつろげでぼんやりした顔立ちも全てが気に入らない。

まさかわたくしがこのような地味な平民に成り下がるなんて・・・

全く信じられませんが、本当にわたくしは異世界に転移してしまったんですわ

一歩踏み出せば太陽は早朝なのにもかかわらず全身をジリジリと照らしてくる。

どうして、朝なのにこんなにも暑いのでしょう?
もしやこれが、四季というものでしょうか?

じんわりとまとわりつく不快感を憂いながら空を見上げれば雲一つない晴天だ。
空の青さはわたくしがいた世界と同じだというのに。

ここは日本という国。魔法もなく、身分制度もない。
そしてわたくしがいた世界はどこにも存在しない。

こちらの言葉で言うなら「事実は小説より奇なり」でしたっけ?

母親に心配されるほど四六時中、図書館に引きこもり書物を読み漁り何日も悩み抜いて、たどり着いた結論だった。
視聴に何も問題ないことから考えるに、平民の知識はわたくしと共有されているのだろう。
最初こそ激しく動揺したが、この世界の知識に触れている内に好奇心に勝てなくなった。
特に素晴らしいと感じたのはエネルギーを生み出す力、そしてそれを効率よく利用する力。
この知識をわたくしのモノにできたら、我がカスティージョ家はその地位を揺るぎないものにするのではありませんこと?

まさに「転んでもただでは起きあがりませんわ」ですわ!!!

わたくしが憑依した平民は新村かのかという人物だった。
馬小屋のような家に戻り、自分の部屋で机の上に置かれた一枚の手紙が目に入り読み上げると、その手紙には学校でいじめに逢っていたことや、いじめグループへの恨み辛みが書き綴られていた。

強者が弱者をいじめる。
生まれながらに身分制度のある世界で生活してきたエステルにとっても、この行為自体はありふれた風景だった。

どの世界も結局は同じ。異世界だと気張っていた力が急に脱力していく。

平民の立場を重んじるなら学校には行かずに告発すれば良いのだろう。
この手紙に書いてある事を伝えれば、何らかの対応はしてもらえるはずだ。

しかしエステルは読み終えた手紙をビリビリに破りさると部屋を後にした。その瞳には何の感情も宿っていない。

だからといって、わたくしが従う道理なんてどこにもない

平民の一人がいじめが原因で自殺した。たったそれだけのこと。
そんなことよりも高貴なるエステルが異世界の平民に身を堕としている。
このことだけが何よりも重要で迅速に解決しなければならない問題だった。

この世界の知識や技術を持って帰るにしても、わたくしの理解力が追い付いていない。
共有されているとはいえ、ベースとなった平民以上のことは分からないのだ。
四季の中で夏という時期というのは分かる。だけどどうして四季と呼ぶのか、どのように生まれた言葉なのかと聞かれたら答えられない。
読破すれば文章だけなら完全に記憶できるが、読了できなければ、それに意味はない。

やはり今のわたくしには何よりも勉学が必要で。
そしてその知識を得るために学校という場所が最適だということ。行かない理由等どこにもない。

平民の小競り合いなんてあずかり知らぬ話、だってわたくしは公爵令嬢エステル=カスティージョなのですから!!!
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どうやらわたくしは異世界に転移したようです?②

病室で眠る娘の顔を見ながら、美紀江は深く安堵した。

所々、包帯で巻かれた娘には痛々しさがあるものの命に別状はない。
飛び降りた際、生垣に引っかかったため奇跡的に軽症だった。

医師の話では、自分のことを空想世界の公爵令嬢だと思いこんでいるようだが
意識を取り戻したばかりで錯乱しているのだろうのこと。だった。

「娘さんが屋上から飛び降りた。」

その言葉を聞いたとき、心臓がとびはねた。
アイロンがけを放り出して、乱暴にコードを引っこ抜き病院まで急いだ。


娘の顔を眺めながら暫く立つと、あの人は現れた。
しっかりと上下スーツを着込み、お昼時だというのに髪は丁寧にセットされたままだ。
汗ひとつかいていない顔で彼は、娘をのぞきこみ、鼻を鳴らした。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
「どうしてお前がついていながら、こんなことになっているんだ?」

何も言えずきつく口を結ぶ。彼はその様子を見てさらに声を荒げる。

「学校から電話がはいったんだ。これで次の昇進はパーだ。どう責任をとるんだ。言ってみろ」

「・・・ごめんなさい。」

流石の彼も、娘が飛び降りたのに病院に行かないのはまずいと思ったらしい。
結局、一番気にしているのはそのご立派な外面だけ。

娘の心配なんてしていない。

その後も何か言っていたようだが、携帯に着信がかかるとバツが悪そうにそそくさと病室をでていった。
美紀江はまだ眠ったままの娘に手を伸ばし、包帯に巻かれた場所を優しく摩る。


「ごめんね、ごめんね。痛かったよね」


娘がこんな選択をしたのは自分のせいだ。