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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。⑥

復讐するためには準備が必要だった。
 
 あたし吉岡ヒナタは借りた教室の鍵で、一足先に三階の空き教室を訪れていた。

 そこは普段使っている教室と何ら変わりはない。
 ただ、しばらく使われていなかったため、無造作に置かれた机や椅子はうっすらとホコリをかぶっている。前方には壁時計があり、時刻はちょうど17時を示していた。カーテンは外されており、窓から差し込む光はすごく眩しい。

 あたしは制服のポケットから二台のスマホを取り出した。事務所から支給された仕事用とプライベート用のだ。

 汚れが一番マシな机を選び、撮影する場所を決め、仕事用のスマホを配置する。
あくまで一般人の顔は映らないようにカメラの位置を微調整して、何度も確認を重ねる。

失敗は許されない。今日彼らの前であの動画を生配信で公開する。

 次に『ヒナチーチャンネル』の生配信の設定を行った。これで自分のスマホで遠隔操作すれば、自動的に配信始まる段取りになっている。更に続けて自分のSNSを全て使用して最大の告知する。

『今日は生配信でみんなにわたしの恥ずかしいところを見せちゃいます!!!18時ぐらいからからやるよ!期待して待っててね!』

 あたしはそこまでの準備を終えると大きく息を吐き出した。

 一週間で百万なんて我ながら呆れてしまう。駆け出し女優のあたしは養成所のレッスン料、スキンケア代でギリギリだ。

そんな大金、ヤンキーもどきとキモオタクにできるハズがない。なんなら10万円も無理だったかもね。

 呑気に考えながら適当な椅子に腰かけ足を組む。もちろん、これもホコリまみれだったのでキレイにしてからね。

 生配信する理由は二つある。
 一つ目は『恥ずかしいところ』なんて言っておけばファン以外も勝手に食い付く点。
 二つ目はさらに生配信はやり直しができない点だ。そこが狙い目だった。

そう配信事故に見せかけてあのVtuberの動画を映し出すの。

「ごめんなさい!!間違えました」って本当は違う動画を見せるハズだったんだって、目元に涙を浮かべてあげる。

好きなんでしょ?こういうステレオタイプの女が。

いいわよ。特別に演じてあげる。

あたしはそれだけでいい。

 噂は噂を呼び、やがて燃え上がるのだろう。それでいい。たちまち、注目の的になるでしょうね。

Vtuberなんて所詮はこんなものだと世間の夢を覚まさせてあげるだけ。

 自分のスマホをさわり、『吉岡ヒナタ アンチ』で検索する。そこにはいつものようにあたしを責める文字の羅列が並んでいた。

最初はあたしが出演したドラマの感想を目的だった。
だってふつう気になるでしょ?
マネージャーからはエゴサーチはSNSだけにしておけと言われた。
あたしは最初、それがどういう意味なのか分からなかった。
だからかな。言いつけを守らず検索してしまった。あたしが悪かったのかな。

深淵(しんえん)を覗いた先にあったのは闇。

 【吉岡ヒナタ】は匿名性をいいことにネットの掲示板で叩かれていた。

『ヒナチの配信見た?アレは酷かったよなwww』
『ドラマから分かってたことだろ』
『リアルで見たことあるけど、ブスだったわ』

これ以上は見ていけないと全身が警鐘を鳴らす。だけどスクロールする手は止まってはくれない。一つ残らず見てしまった。後悔した。けど、もう遅い。

 それから毎日、書き込みが増えていないか確認する癖が抜けなってしまった。見れば必ず後悔するのに、見ないと安心で眠れない。矛盾してる。そんなことあたしが一番よく分かっている。

 頭には書き込みがちらつき、上手く演技することができなくなっていく。それに比例してスレッドは苛烈さを増していった。

 そうして、とある書き込みがされた。

『生身の人間でやるなよな。まだVtuberの方がマシじゃね?』

 その言葉を見たとき、あたしの心の何かが糸みたいにプツンと切れた。憎悪は、これで二度目。

 あたしは努力に努力を重ねてここにいる。
 過酷なダイエットだって、厳しすぎるくらいの生活リズムだって、発音練習も演技指導も全部やった。あたしは全てを晒しながら活動している。ストーカー被害も、刺されそうになったこともあった。

 それなのに、なんで、なんで、バーチャルに身を包んだだけの一般人ががもてはやされるの!?

 あたしはあたしがこれ以上傷つかないように良い子ちゃんの仮面を被った。何も見ないようにしていた。

 なのに、あいつが動画を見せてきた。
 身体中の血液が沸騰しフラッシュバックする。また、邪魔をするの?

安全圏にいるあなたたちが!これ以上あたしの舞台に上がってこないでよ!!!!

もうなんだっていい、もうどうだっていい。

引きずりだしてやる。手元の動画に映るVtuberが誰かなんてどうだっていい。

廊下側から聞いたことのある男子生徒の荒げた声が聞こえてきた。
現実に引き戻されたあたしは、スマホに18:00と浮かび上がったを確認すると、スカートのポケットに忍ばせた。

やってきたのは一人。それも息を切らしたヤンキーもどきだけだ。

 その瞬間、あたしは勝ちを確信した。隠したスマホを気が付かれないように力一杯握りしめる。

「待った!」

 現れた声の主によって、あたしは信じられない光景を目にすることになる。

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在宅薬剤師のお話 智子さんの場合③

智子さんが亡くなったため薬を回収してほしいという旨の電話が鳴りました。

ここは薬局によって違います。

患者さんにすでにお渡した調剤済み麻薬は使わなくなったという理由で回収する義務はないからです。

私の勤めていた薬局は毎回、回収して薬局で破棄していました。

そんなことで智子さんの自宅に回収に伺うことになりました。

智子さんの自宅には先に自動車が駐車されておりお邪魔すると、男性の方がいらしゃいました。

話しかけると男性はいつか聞いた遠方の息子さんだと分かりました。

部屋に入り、智子さんは介護用ベットにまるで眠っているかのように横たわっていました。

私はそれまで電話でどの患者さんが亡くなったという事や、薬を届けなくなった事からあの人は亡くなったんだという風になんとなく察していました。

実際にこうして冷たくなった患者さんを見たことは初めてでそしてとても衝撃的な光景でした。

使用しなくなった麻薬を回収しに来た旨を伝えると冷蔵庫の中にあるかもしれないと言われ中を覗かせてもらいました。

冷蔵庫には看護師さんが薬を全てまとめてくれてビニール袋とあの日と同じようによく整理されている食材が入っていました。

特に目についたのはまだ未開封の漬物だった。

二回目の訪問時に味がしなくなったと言っていたので、もしかしたら智子さんはまだかすかに残っていた塩味で食事を楽しもうとしていたのかもしれない。

それを見て胸のあたりがジーンと熱くなるのを感じた。

智子さんは明日も生きようとしていた。生きているのが当然だと思っていたんだ。

まさか自分の命が今日潰えるなんて微塵も考えていなかったのだろう。

死はだれにとって貧富の差関係なく、平等に訪れるものだ。

今、普通に接している人達もまた私自身もある日、突然いなくなってしまうことだってある。

私は智子さんを通じて命の儚さを再認識することが出来た。

そんな貴重な体験を通じて私は智子さんの生きれなかった明日をこうして送っている。

「あなたが無駄に過ごした“今日”は、“昨日”死んだ誰かが死ぬほど生きたかった“明日”なんだ」

という韓国の小説の言葉を思い出しました。

だからといって人生を無駄にするななんて説教くさい人は私も嫌いです。

ただ、人である以上突然死ぬこともあることだけは心に刻んで生きほしいです。

智子さん、ありがとう。どうか安らかに。

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在宅薬剤師のお話 智子さんの場合②

それから2,3か月ほどたって2回目の訪問があった。
(患者は担当制ではなく持ち回りだったため、私以外の薬剤師が訪問する場合もある)

報告書を読むと智子さんは毎日、お薬を飲んでくれているようだった。
レスキュー(突発痛時に服用する麻薬)も数回は使っていた。

でもその頃には口から服用することが難しくなりつつあった。
経口から静脈への切り替えのため、その日はCADDカセット(液体の麻薬が詰められた容器)をもっていき、
カセットは使うまでは冷蔵庫にいれて保管するようにと伝えた。

智子さんは少しだけやつれた様子だったけど、お話はできた。
このところ、食事が美味しくないというお話をされた。

薬による副作用かミネラル不足、心の影響、そもそも癌の進行か判断がつかず不明。
どんな味なら分かるのかお聞きして報告書に記入した。

一度、お薬を届けてから薬局に戻る途中の道で会社の携帯が鳴る。
嫌な予感がしながらも、電話にでるとCADDカセットの留め具を閉め忘れかもしれないので確認してほしいとのこと。

閉め忘れるとどうなるかって?
麻薬が外に漏れて大変な損害をだすことになる。麻薬って高いのだ。全て作り直して手間もかかる。
因みに私は一度、閉め忘れてビショビショにして麻薬事故届けを提出したことがある。本当に申し訳ない。

くそっ、くそっ。

渡すときにちゃんと確認しなかった私も悪いのだが、智子さんでその日の仕事は終了だったため、少しぐらい先輩に悪態をついたっていいのだ。

急いで智子さんの家に戻って確認する。
冷蔵庫にしまったそうなので許可をもらいカセットを確認するとちゃんと閉まっていて安心した。
ちょっと冷蔵庫の中が見えてしまったけど、綺麗に整理されていた。

ちょうど夕食をとっているところだったので手早く済ませお礼を言って帰宅。

私はこの時、もう一度冷蔵庫を確認することになるなんて思いもしなかった。

最後に会えた智子さんとはお話どころか目を合わせることもできなかった。

あれから2週間もかからずに彼女は亡くなってしまったのだ。

次回で智子さんお話は最後です。

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在宅薬剤師のお話 智子さんの場合

在宅薬剤師ってご存じでしょうか。
これについては後日、細かく記事にするつもりなんですが、ここでは簡単に言うと患者宅まで薬を届けてその場で服薬指導する人の事です。

私には良い意味でも悪い意味でも心に残る患者さんがいました。
ここではその患者さんについて覚えている限り、書き出していこうと思います。

これはまだ新人の時に出会った患者さん(智子さんとでもしておきます)

智子さんには3回ほど訪問しました。

1回目の訪問では、在宅薬剤師としての契約のお話をしにいきました。

智子さんは癌末期患者でした。

様々な治療を終えて、これ以上は困難と判断され自らの意思で在宅での終身医療に移りました。

医療用麻薬についてこのお薬は癌による痛みをとっていくお薬です。とお話をすると

「私、もうこの痛みは受け入れることにしているの」

智子さんは半ば諦めたような気持ちで言いました。

それまでは一応、定期薬としてセレコキシブ(一般的な痛み止め)を服用されていました。
なので徐々に進行していく癌性疼痛に薬が合わなくなってきたんだと考えました。
癌が進行して今まで効いていたお薬が、効きづらくなるなんてよくあるお話ですから。

しかし、真向から反対しても角がたつと考えた私はその主張を受け入れることにしました。

「そうなんですね。がんの痛みと共存していく道をご選択されたなんて、なかなかできることじゃないですよ。
やっぱり、今までのお薬だと効かなかったですか?」

「最初は効いてたんだけど・・・ねぇ?」

「このお薬は一段階強いお薬になりますが、癌の痛みは徐々に強くなっていきます。
確かに、智子さんの仰る通り最初だけかもしれません。」

「智子さんの考え方はとても素晴らしいと思います。
必要な痛みもあります。この痛みだって自分の身体の一部ですからね。
でも痛みを我慢する必要なんてないってことも知っておいてください。」

「私を含め医療スタッフは苦痛がないことが智子さんにとって一番だと思って今もこうしてお薬を届けています。でも選択するのは智子さん自身です。」

顔を下げてうつむく智子さん。

「・・・私もできるだけ、お薬を飲んでくれると嬉しいです!!報告書が書けるので。なーんて!!」
 
重い空気に耐えられず、冗談を交えたら智子さんは笑ってくれて、最後にはお薬を飲むと約束してもらえた。

その日は遠方で一人暮らしをしている息子のことや、施設に入っている旦那さんのことを聞いて終わりました。