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ある日、消えたVtuberが実は俺のばあちゃんだった件について。⑦

ま、間に合った。

 ばあちゃんの家が近いとは授業終了後の往復ダッシュは、普段から運動していない体にはくるものがある。今日が体育のある日じゃなくて本当に良かった。
 激しく拍動する心臓を右手で抑えながら、左手で壁につく。ずるずると肩にかけていたカバンを落とし、ぜぇぜぇと息をする。

 すぐるが溜息をつきながら近づきスマホを渡してきた。それは万が一のために、預かってもらった俺のスマホだ。
「ハラハラさせんなよ、マジで。で、例のブツは用意できたんだろうな」
 小声で囁かれ、俺はバッチリだと親指を立てた。

教室の前方は机や椅子が乱雑に集められており、後方だけがぽっかり空いていた。
まるで舞台みたいだなと思った。でも、前みたいにはいかない。ここが俺の独壇場だ。

 いまだ女王様のように足を組んで椅子に座るヒナタの表情に変化はない。まるで虫けらを見るような表情でこちらを蔑《さげず》んでいる。

「遅刻しなかったことだけは褒めてあげるわ」
「そりゃ、どーも」息が上がったままヒナタに近づく。ローズ系の香りがした。

「でもぉ、肝心の依頼料がないとお話にならないわよ?」
 わざとらしく語尾をのばしながら、口を覆いほくそ笑んでいる。

「で、どうなの?」眉を寄せて言う。

 俺はスマホに表示された0が7桁並んだネット口座をヒナタに掲げる。

「あるぞ、金なら」
 
「……なっ!」ヒナタは思わず椅子から立ち上がった。
「ほら口座番号教えろ、すぐに振り込んでやる。100万でも500万でもな」

 ヒナタは目を丸くした。嘘。と小さく呟いたのを俺は聞き逃さなかった。
「はぁぁぁぁぁぁ!? なんでよ!! ただの高校生が一週間で稼げる金額じゃないでしょ!?」激昂するヒナタの声。
「違うな、ただの高校生じゃない。俺は筋金入りの竜胆モモオタクだ」

ひゅうと口笛を鳴らしたすぐるに対してヒナタは唇をかみしめて、きつく睨んだ。

「だったら何よ!」
「オタクっていうのは何でもコレクションしたがるものだ。たとえ、それがSNSのどうでもいいようなつぶやきでもな」
「NFT……ええと、なんと説明すればいいんだ? 簡単に言えば電子データに価値を見出せば値段がつく」

 同じオタクだからこそ分かることがある。界隈の連中はよく言っている。
 『推しの全てのつぶやきを追いかけたい』と。その気持ちは痛いほどよく分かる。
なんせ、SNSの過去データは、ある一定までしか残らない仕様だ。消されたデータも修復不可能ときている。それゆえに欲しがる人が一定数存在するのだ。

 例えば、途中から参入した熱狂的ファンとか。

 地下アイドルがメジャーデビューして気軽に会えなくなったとき、デビュー前からのおっかけだったファンはその価値を誇る。
 なぜなら、彼女たちがまだ拙いとき一番近くで応援していた。その経験は新規にとって永遠に手に入らないものだからだ。

「一般人にとっては竜胆モモの全つぶやきなんて、どうでもいいかもしれない。でも熱狂的なファンにとって、それは喉から手が出るほど欲しいものに変わる」
「だからこそ、そこに価値が生まれ値段がつくんだ」

 俺は最初期のオタクで幸運だった。
 その気持ちに激しく同意して、いつでも見返せるように彼女のSNS上に残したつぶやきは全て保存してあったのだ。

「そしてついさっき、売れたんだよ。全部で日本円にして約一千万円」
「そんなの嘘よ! 買うわけがない!」ヒナタは激昂し声を荒げる。
「吉岡は知らなかったかもしれないが、実際トゥイッターの創始者の最初のツイートは3億で落札されてんだ」

「お前がすげぇめんどくさいオタクで良かったわ」
 一連の流れを傍観していたすぐるが腹を抱えて笑ってる。

一応、聞くが褒めているんだよな、な?
「で、どうするんだっけな?」すぐるは皮肉たっぷりにヒナタの言葉を真似して返した。
 俺は左手をすぐるに向け、これ以上余計なことを言わないように御した。

 しばらく悔しそうにスカートを握りしめていたヒナタを見て、俺は言葉をかけようとした。けど直後に彼女の狂った笑い声でかき消された。

 笑い終えるとヒナタは仁王立ちで俺に向き合う。
「言ってなかったけ? あたし現金じゃないと認めないわ。だってギャラは現場で手渡しだったから、ごめんね。言い忘れてたみたいで」
 髪を右耳にかけながら、ヒナタは眉を寄せて口元に手をあてて笑った。

これは嘘だ。反論しようとしたすぐるを抑えて何も言うなと目配せする。

なんだ、何が目的だ。思考を巡らせろ。今度は、今度こそは、失敗は許されない。

 何かを考える俺を見て、ヒナタは俯き「ばっかみたい」と小さく呟いた。一瞬、それは誰に宛てた言葉なのか。俺は気をとられてしまった。

 ほんの数秒だったが、その隙を見逃すほどヒナタは甘くなかった。

やっと答えにたどり着いたときには、もう遅く。

「時間切れ、ね」

 自分のスマホを取り出し、画面を俺たちに見せてくる。
 ポップな色で見やすいように工夫された『ヒナチーチャンネル』が映っており、既に生配信開始の待機画面になっている。

 画面中央に表示され減っていく数字は恐らく、カウントダウン。
 配信開始まで――1分を切るところだった。
  

「おい!」
 咄嗟のことで動けなくなる俺とは違って、状況を判断したすぐるはスマホを奪おうとする。

「動かないで」ぴしゃりとした声がその場を支配する。

「ここ、見える? 机の中にカメラを設置してあるの。その位置ならカメラは映らないけど少しでも動いたら保障できないわ」

 ヒナタは身体をずらして机を指し示す。ちょうど後ろの机の中にキラリと黒光りしたレンズが見えた。

「顔に限らず声だけでも配信にのれば、うちの特定班は怖いわよ?」身を持って知ったけどね。と吐き捨てた言葉と共にゆっくりと動きだす。
 脅迫されたときのように眉を寄せ、どこか違和感のある冷酷な笑みを浮かべる。

あと――30秒。

いや、そんなことよりも早く。早く。ヒナタを止めなければ! でも、どうすれば!

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