「いってきますわ!!」 髪を結び、制服に身を包んだ姿は新村かのか そのもので、そこにエステル=カスティージョの影はない。 流石はわたくし、平民の真似事さえも完璧ですわね エステルはまじまじと玄関の姿見をのぞき込み、自分の姿を見て盛大な溜息をついた。 見れば見るほど、平凡な顔だちですこと 自慢のプラチナウェーブの髪も、公爵家由来のルビーの瞳も、多くの男性を虜にしてきた顔立ちも全て失われてしまった。ついでにと言わんばかりに、この世界に来る破目になった記憶も持っていかれてしまった。 最後の記憶は舞踏会のドレスを選んでたはず…でしたのに… そこにいるのはどこまでも平凡な平民。 濡れたカラスのような髪色も、たれ目がちな瞳も、うつろげでぼんやりした顔立ちも全てが気に入らない。 まさかわたくしがこのような地味な平民に成り下がるなんて・・・ 全く信じられませんが、本当にわたくしは異世界に転移してしまったんですわ 一歩踏み出せば太陽は早朝なのにもかかわらず全身をジリジリと照らしてくる。 どうして、朝なのにこんなにも暑いのでしょう? もしやこれが、四季というものでしょうか? じんわりとまとわりつく不快感を憂いながら空を見上げれば雲一つない晴天だ。 空の青さはわたくしがいた世界と同じだというのに。 ここは日本という国。魔法もなく、身分制度もない。 そしてわたくしがいた世界はどこにも存在しない。 こちらの言葉で言うなら「事実は小説より奇なり」でしたっけ? 母親に心配されるほど四六時中、図書館に引きこもり書物を読み漁り何日も悩み抜いて、たどり着いた結論だった。 視聴に何も問題ないことから考えるに、平民の知識はわたくしと共有されているのだろう。 最初こそ激しく動揺したが、この世界の知識に触れている内に好奇心に勝てなくなった。 特に素晴らしいと感じたのはエネルギーを生み出す力、そしてそれを効率よく利用する力。 この知識をわたくしのモノにできたら、我がカスティージョ家はその地位を揺るぎないものにするのではありませんこと? まさに「転んでもただでは起きあがりませんわ」ですわ!!! わたくしが憑依した平民は新村かのかという人物だった。 馬小屋のような家に戻り、自分の部屋で机の上に置かれた一枚の手紙が目に入り読み上げると、その手紙には学校でいじめに逢っていたことや、いじめグループへの恨み辛みが書き綴られていた。 強者が弱者をいじめる。 生まれながらに身分制度のある世界で生活してきたエステルにとっても、この行為自体はありふれた風景だった。 どの世界も結局は同じ。異世界だと気張っていた力が急に脱力していく。 平民の立場を重んじるなら学校には行かずに告発すれば良いのだろう。 この手紙に書いてある事を伝えれば、何らかの対応はしてもらえるはずだ。 しかしエステルは読み終えた手紙をビリビリに破りさると部屋を後にした。その瞳には何の感情も宿っていない。 だからといって、わたくしが従う道理なんてどこにもない 平民の一人がいじめが原因で自殺した。たったそれだけのこと。 そんなことよりも高貴なるエステルが異世界の平民に身を堕としている。 このことだけが何よりも重要で迅速に解決しなければならない問題だった。 この世界の知識や技術を持って帰るにしても、わたくしの理解力が追い付いていない。 共有されているとはいえ、ベースとなった平民以上のことは分からないのだ。 四季の中で夏という時期というのは分かる。だけどどうして四季と呼ぶのか、どのように生まれた言葉なのかと聞かれたら答えられない。 読破すれば文章だけなら完全に記憶できるが、読了できなければ、それに意味はない。 やはり今のわたくしには何よりも勉学が必要で。 そしてその知識を得るために学校という場所が最適だということ。行かない理由等どこにもない。 平民の小競り合いなんてあずかり知らぬ話、だってわたくしは公爵令嬢エステル=カスティージョなのですから!!!